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鹿児島地方裁判所 平成10年(ワ)231号 判決 2000年5月19日

原告

甲野花子(仮名)(X)

右訴訟代理人弁護士

増田博

被告

鹿児島県(Y)

右代表者知事

須賀龍郎

右訴訟代理人弁護士

池田〓

右訴訟復代理人弁護士

湯ノ口穰

"

主文

一  被告は、原告に対し、金一億一五〇〇万六七一五円及びこれに対する平成七年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  争点1(被告の責任原因)について

乙山の運転行為が、被告の「事業ノ執行ニ付キ」(民法七一五条一項)なされたものとして、被告が使用者責任を負うかどうかについて検討する。

〔証拠略〕によれば、本件事故は、薩南工業高校教諭で同校女子バレーボール部顧問である乙山が、原告ら同部員を引率し、日曜日に他校との練習試合に赴くため、自己所有の本件自動車に同乗させ、試合会場に向かっていた途上で起こした事故である。

ところで、〔証拠略〕によれば、鹿児島県では、中学校・高等学校の対外運動競技等への参加は、公共交通機関を利用することを原則としているが、公共交通網の整備がされていない郡部の場合には、公共交通機関の利用は極めて不便であり、校外試合など部活動等に支障をきたす場合もあり、従来から、個々の教員や保護者の好意に頼り、教員の自家用車や保護者の自家用車等を利用することが多かった。本件事故当日の薩南工業高校と枕崎高校との練習試合の実施及び日程は、両校バレーボール部の顧問教諭同士の話合いによって平成七年四月一六日(日曜日)の午前九時と取り決められたが、当日は日曜日であり、学校からスクールバスが出されることはなく、また公共交通機関の利用も困難な状況にあり、顧問教諭である乙山及び丙川春子の自家用車を利用して原告らバレーボール部員を引率したものであり、そのことは学校長も黙認していた。

右認定事実によれば、乙山は、学校長の黙認の上で、薩南工業高校における課外クラブ活動の顧問教諭としての業務の一環として本件自動車を運転したものと認められるから、同人の運転行為は、被告の「事業ノ執行ニ付キ」なされたものと解される。

したがって、被告は、乙山の使用者として民法七一五条により、原告が本件事故により被った損害を賠償する責任がある。

二  損害(争点2ないし4に対する判断。なお、原告の請求額と、これに対する被告の認否は、別紙認否表〔略〕記載のとおり)

1  治療費 六五三万〇〇八一円

(一)  久木田整形外科病院分 三万五五八三円

争いがない。

(二)  今給黎総合病院分 一五六万〇〇五〇円

〔証拠略〕、ただし、原告の両下肢完全麻痺という後遺症の内容・程度に照らし、平成七年九月一日の症状固定後も、リハビリテーションや看護、検査のために入院治療を要したものと認める。

(三)  霧島温泉労災病院分 六四万〇〇二〇円

〔証拠略〕、ただし、右同様、症状固定後も入院治療を要したものと認める。

(四)  国民健康保険求償分 四二九万四四二八円

〔証拠略〕、なお、平成一〇年一月一四日求償にかかる一一万二六五七円については、本件事故と相当因果関係のあるものとは認められない。

2  付添看護料 一〇〇万二〇〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告は、久木田整形外科病院及び今給黎総合病院入院中の平成七年四月一六日から同年五月一六日まで三一日間、付添看護を要したものであり、その間の付添看護料として一日六〇〇〇円をもって相当と認め、さらに、同月一七日から今給黎総合病院を退院した同年一二月六日まで二〇四日間についても、体位変換や日常動作の介助のため、付添看護を要したものと認め、その間の付添看護料として、一日四〇〇〇円をもって本件事故と相当因果関係にあるものと認める。よって、付添看護料は、次の計算式のとおり、一〇〇万二〇〇〇円となる。

六〇〇〇円×三一日=一八万六〇〇〇円……<1>

四〇〇〇円×二〇四日=八一万六〇〇〇円……<2>

<1>+<2>=一〇〇万二〇〇〇円

3  入院雑費 六五万二六〇〇円

〔証拠略〕によれば、本件事故日である平成七年四月一六日から国立別府重度障害者センターを退院した平成八年九月一日まで少なくとも五〇二日間、一日一三〇〇円の入院雑費を要したものと認める。

よって、入院雑費は、次の計算式のとおり、六五万二六〇〇円となる。

一三〇〇円×五〇二日 六五万二六〇〇円

4  装具、器具等購入費 四一万二九〇〇円

争いがない。

5  逸失利益 五七〇〇万一五一九円

〔証拠略〕によれば、原告は、平成七年九月一日、両下肢(T8以下)完全麻痺の後遺症を残して症状固定し、後遺障害別等級表第一級八号(両下肢の用を全廃したもの)に該当すること、原告の後遺症の内容・程度は、体幹・両下肢知覚運動障害、排便・排尿障害が主症状であり、神経因性膀胱直腸障害であることが認められ、自己導尿と緩下剤を利用して排便コントロールを要し、起立歩行不能のため車椅子を常用している。そして、予後については、回復の見込みなしと診断されている。右事実によれば、原告の労働能力喪失率は、一〇〇パーセントと認めるのが相当である。

被告は、原告が職リハにおいて職業訓練を受け、ワープロ検定三級等の資格を取得していること、コープかながわに就職した実績があること、原告は、若年であり、意欲十分であるので、将来の就労可能性が見込まれること、原告は、車椅子ハーフマラソンを完走するなど身体的機能も相当程度回復している旨主張するが、〔証拠略〕によれば、原告は、職リハにおいて職業訓練を受け、幸いにして平成一〇年一二月二四日、コープかながわに就職でき、事務職員として稼働することとなったが、身体的ハンディキャップを負っているため、周囲の同僚に負担をかけることが多く、精神的・肉体的に勤務に耐えられなくなり、約二か月余りで退職を余儀なくされたこと、原告のように就労意欲はあっても、実際的にその就労の機会は極めて限られていると認めざるを得ないことからすれば、労働能力喪失率は、一〇〇パーセントと認めるを相当とする。

そうすると、賃金センサス平成七年第一巻第一表女子労働者学歴計の年間平均賃金三二九万四二〇〇円を基礎とし、原告は、症状固定時一七歳であったから、六七歳まで五〇年のライプニッツ計数一八・二五五九から、一七歳から一八歳まで一年の同係数〇・九五二三を減じた一七・三〇三六を乗じると、原告の逸失利益は、次の計算式のとおり、五七〇〇万一五一九円となる。

三二九万四二〇〇円×一七・三〇三六=五七〇〇万一五一九円(円未満切り捨て、以下、同じ。)

6  将来の介護料 二八〇三万三四六〇円

〔証拠略〕によれば、原告の後遺障害に対する将来の介護料として、一日四〇〇〇円を要するものと認められるので、平均余命まで六六年のライプニッツ係数一九・二〇一〇を乗ずると、次の計算式のとおり、二八〇三万三四六〇円となる。

四〇〇〇円×三六五日×一九・二〇一〇=二八〇三万三四六〇円

7  住宅改造費 二〇〇万円

〔証拠略〕によれば、原告の後遺症のため、車椅子を常用しての日常生活に便利なように住宅を改造する必要があり、その費用として、五八六万六三五〇円を要するとされるが、その内、二〇〇万円をもって、本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

8  将来の雑費 九一一万〇八七四円

〔証拠略〕によれば、原告は、将来にわたり、尿取りパット、紙おむつ等の購入費用として、年間七八万七九〇〇円を要するとされるが、その内、一日一三〇〇円として年間四七万四五〇〇円をもって、本件事故と相当因果関係のある損害と認められるので、平均余命まで六六年のライプニッツ係数一九・二〇一〇を乗ずると、次の計算式のとおり、九一一万〇八七四円となる。

一三〇〇円×三六五日×一九・二〇一〇=九一一万〇八七四円

9  慰謝料 二八〇〇万円

原告の受傷の内容・程度、入院期間、後遺症の内容・程度等、本件に顕れた一切の事情によれば、慰謝料として、入院分三〇〇万円、後遺症分二五〇〇万円、合計二八〇〇万円をもって相当と認める。

10  1ないし9の合計額 一億三二七四万三四三四円

11  過失相殺(争点3)

原告が、本件事故の際、シートベルトを装着していなかったことは、その自認するところであるが、原告は、岩切から指示されなくてもこれを装着するべきであったというべきであり、また、原告は、本件自動車が道路脇の公衆便所のコンクリート壁に衝突して停止した際、助手席のダッシュボードとシートの間に身体が挟まれたため、第一一胸椎脱臼骨折、脊髄損傷等の傷害を負ったものと認められ、原告において、シートベルトを装着しておれば、右のような重傷にまで至らなかった可能性もあるというべきであるから、過失相殺として、損害額から一〇パーセントを減じるのが相当である。

よって、原告の損害は、次の計算式のとおり、一億一九四六万九〇九〇円となる。

一億三二七四万三四三四円×〇・九=一億一九四六万九〇九〇円

12  好意同乗(争点4)

前記第三、一に認定したとおり、薩南工業高校女子バレーボール部は、公共交通網が未発達なため、対外試合があるときは、顧問教諭である岩切らの好意により、その自家用車に同乗して試合会場に赴くことが多かったことが認められ、原告ら同校女子バレーボール部員は、乙山らの無償の利便提供の恩恵を受けていたものであり、好意同乗として、損害額から五パーセントを減じるのが相当である。

よって、原告の損害は、次の計算式のとおり、一億一三四九万五六三五円となる。

一億一九四六万九〇九〇円×〇・九五=一億一三四九万五六三五円

13  損害の填補 八四八万八九二〇円

〔証拠略〕によれば、原告は、自賠責保険から一二〇万円、任意保険(日本火災海上保険株式会社)から七二八万八九二〇円、合計八四八万八九二〇円の支払を受けていることが認められる。

よって、これを差し引くと、次の計算式のとおり、一億〇五〇〇万六七一五円となる。

一億一三四九万五六三五円-八四八万八九二〇円=一億〇五〇〇万六七一五円

14  弁護士費用 一〇〇〇万円

本件訴訟の経過、認容額等に照らし、弁護士費用として、一〇〇〇万円をもって相当と認める。

よって、原告の最終の損害額は、次の計算式のとおり、一億一五〇〇万六七一五円となる。

一億〇五〇〇万六七一五円+一〇〇〇万円=一億一五〇〇万六七一五円

第四 結論

以上によれば、原告の本訴請求は、金一億一五〇〇万六七一五円及びこれに対する本件事故日である平成七年四月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容するが、その余は失当として棄却することとし、主文のとおり、判決する。

(裁判長裁判官 吉田肇 裁判官 澤田忠之 鈴木順子)

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